
■■■■■■■■■■■■写真提供者 山形県石塚農園様■■■■■■■■■■■■
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| 蚕は家の中で飼育されていたが
この頃屋外で飼育された。 |
昭和34年頃まで農耕用に使われた馬 |
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蚕の餌になる 桑の葉の収穫 |
麦の収穫後の耕運機による耕運
昭和35年頃から耕運機が
普及し始める。 |
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葉たばこの播種
現地指導を受けている
ところ |
昭和35年ころ、水田の土つくりのため耕土培養組合が組織され、水田に客土が行なわれた。雪の降る前に車の入れる場所まで運び、雪が降ってからそりで水田の中まで運んだ。 |
■■■■■■■■■■■■写真提供者 株式会社角田商店様■■■■■■■■■■■■

写真は大正11年から 株式会社共栄社で製造を始めたダイヤモンドマサル式人力
脱穀機です。この頃から脱穀機は従来の千歯式から、高性能の足踏式回転型に需要が移行したの
で、共栄社も鉄鋼、木工、鋳造、組み立ての各工場を充実させ、これを主力製品として量産化に着
手した。その品質、性能は高く評価され、昭和12年当時は全国第一位の量産を誇っていたそ
うです。株式会社共栄社の「70年のあゆみ」より抜粋当店では、動力脱穀機から販売を始めています。
■■■■■■■■■■■■写真提供者 伊藤産業機械(株)様■■■■■■■■■■■■
撮影場所はいづれも千葉県市原市

梨園の消毒の様子で、
「プロペラ型攪拌機」で、農薬を混ぜているところです。
撮影年は昭和30年と推定されます。

同じく、梨園の消毒に向かう写真です。
親子?三人で仲良く出発です。
市原の梨の歴史は江戸時代までさかのぼるそうです。